文政十一年のスパイ合戦

幕末のシーボルト事件の真相を、十数年に及ぶ資料の調査で詳らかにする大作。彼は明らかにオランダの調査員。作者らのチームが新たに発見したシーボルトの持ち帰った地図類にはまず驚かされる。江戸へ上る間に測量や博物学の収拾を繰り返す。幕府は見逃していたとしか思えない。高野長英をはじめとする弟子達は離散集合を繰り返すが、これは師のもたらした西洋の最先端技術に加えて人間的魅力があったのだろう。一方迎え撃つ間宮林蔵は幕府の隠密。ここまでが「裏」の構図。さらに「奥」には密貿易を財源に勢力の拡大を図る島津重豪を牽制したい徳川将軍家斉の隠された意図があったとする新説。ミステリーに分類されているが、立派な歴史書。学会での評価が知りたいところ。読み物としては幕府の取り調べの記述がやや冗長なところが肝心の後半だけに不満。